大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松高等裁判所 昭和61年(ネ)150号 判決 1988年3月31日

控訴人 宿毛商銀信用組合

右代表者代表理事 高須賀義登

右訴訟代理人弁護士 氏原瑞穂

被控訴人 稲田藤馬

右訴訟代理人弁護士 林一宏

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  控訴の趣旨

(一)  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

(二)  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

(三)  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

2  控訴の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

二  当事者の主張

1  主位的請求関係

(一)  被控訴人の請求原因

(1) 昭和五七年五月一七日被控訴人代理人稲田松実(以下「松美」という。)と控訴人中村支店(以下「中村支店」という。)は、原判決別紙記載各預金名義をもって金額二五〇万円、満期一年後、利率年五・八パーセントの約定で、被控訴人を預金者とする期日指定定期預金契約(以下「本件定期預金契約」といい、各定期預金を原判決別紙記載番号に従い「番号1の定期預金」等(後記(3)の継続後のものについても同じ。)という。)を締結した。

(2) 昭和五七年五月一七日被控訴人・稲田喜敏・稲田成計の三名は、同人ら共有の高知県幡多郡西土佐村藤の川字せり山九一七番二の山林の立倒木(以下「本件立倒木」という。)を佐竹和雄(以下「佐竹」という。)に対し代金四〇〇〇万円で売り渡し、同人は中村支店から同額の金員の貸付(以下「本件消費貸借契約」という。)を受け、これを右売主ら(被控訴人については代理人松美)に支払い、同支払代金四〇〇〇万円は被控訴人に二九三三万円が分配され、中村支店は被控訴人代理人松美から被控訴人の右分配額のうち二〇〇〇万円を本件定期預金契約の目的物(番号1ないし8の各定期預金の原資)として受け取った。なお、右中村支店から佐竹に対する貸付は占有改定により、同人から被控訴人代理人松美らに対する代金支払は指図による占有移転により、被控訴人代理人松美から中村支店に対する本件定期預金契約の目的物の授受は簡易の引渡により順次なされた。

(3) 昭和五八年三月四日前記(1)と同様の約定で本件定期預金契約が継続され、被控訴人は中村支店から金額合計二〇〇〇万円に対する同日までの利息九六万一六四〇円の支払を受け、その後同五九年三月七日番号5の定期預金、同年五月一五日番号4の定期預金の各元利金の支払を受けた。

(4) よって、被控訴人は控訴人に対し、番号1ないし3、6ないし8の各定期預金の金額合計一五〇〇万円及びこれに対する昭和五八年三月五日から支払ずみまで約定利率年五・八パーセントの割合による利息の支払を求める。

(二)  請求原因に対する控訴人の認否

請求原因事実のうち、(1)、(2)は不知、(3)の番号4及び5の各定期預金の元利金の支払がなされたことは認め、その余は不知。右元利金の支払は誤ってなされたものである。

(三)  控訴人の抗弁

(1) 佐竹は昭和五七年五月一七日被控訴人ら共有者から買い受けた本件立倒木の代金四〇〇〇万円の支払に充てるため、同額の融資を中村支店長和田に申し入れ、これに対し同人は佐竹に対して既に満枠に近い手形貸付二八六五万円のほか手形決済金等多額の立替債権が累積しており、右申込にそのまま応じると一億円近くに達する過大な融資額となって放漫融資が露見するおそれがあることや、同人の税金対策上の要請等もあって、一六〇〇万円は同人名義で、二四〇〇万円は同人以外の名義で各貸し付けることとし、また、当時中村支店には、自己の放漫貸付により資金が枯渇していて現金で融資することが不可能であったため、被控訴人ら売主が支払を受ける代金は中村支店に預金させるようにしてもらいたい旨述べ、双方了承した。

(2) 右二四〇〇万円の融資につき、和田は佐竹・被控訴人代理人松美らと謀り、自己の知人で全く無関係な畠中徹(以下「畠中」という。)名義で佐竹に対する二四〇〇万円の手形貸付を行うこととしたが、とりあえず、自己が預かっていた畠中の印章を無断で使用して同人を振出人とする金額二四〇〇万円の約束手形を偽造し、昭和五七年五月一八日同人からその差入れを受けたようにして出納に回し、これを見做金扱いにして、単なる現金伝票操作による入金勘定の下に立替金が生じたように仮装し、これを原資として番号1ないし8の各定期預金証書を作成し、被控訴人と中村支店との間に本件定期預金契約が締結されたような外観を作出した。

(3) 右畠中振出名義の約束手形は、もともと偽造されたものであるから振出人に支払を求めることはできず、また、その実質的差入人である佐竹も多額の債務を負担していて同人から支払を受けることは望むべくもない状況にあり、到底現金と見なしうるようなものではない。

(4) その後昭和五七年六月四日付をもって、中村支店から佐竹に対し畠中名義で二四〇〇万円の手形貸付がなされたかのような帳簿上の記載等がなされているが、それは和田が佐竹と謀って形式的に辻褄を合わせたものにすぎず、実際に金員の授受又はこれと同一の経済上の利益の移転を伴うような手形貸付は行われていない。

(5) したがって、本件定期預金契約は、その目的物である金員の授受又はこれと同一の経済上の利益の移転が何らなされていないにもかかわらず、控訴人の支店長和田が佐竹と通謀して締結した無効のものであるから、その有効を前提とする本件定期預金の要物性は右無効によって具備していないことになる。

(四)  抗弁に対する被控訴人の認否

すべて不知。

(五)  被控訴人の再抗弁

仮に、本件消費貸借契約は、中村支店長の地位にあった和田が佐竹と通謀のうえ同人の本件立倒木買受けの便宜を図るため、その締結をなしたかのように仮装したものであるとしても、被控訴人代理人松美は佐竹から本件消費貸借契約による借受金であるとして指図による占有移転により本件立倒木の代金支払を受けた際、本件消費貸借契約が虚偽表示によるものであることを知らなかったから、控訴人はその意思表示の無効を被控訴人に対抗することができず、同人との関係において本件消費貸借契約は有効に成立しているものというべきである。

(六)  再抗弁に対する控訴人の認否

否認する。

2  予備的請求関係

(一)  被控訴人の請求原因

(1) 控訴人は自己の事業のために和田を使用していた者であるところ、中村支店長の地位にあった同人は昭和五七年五月一七日被控訴人代理人松美ら三名に対し、被控訴人ら共有に係る本件立倒木の代金四〇〇〇万円の融資を中村支店から買主の佐竹になす意思がないにもかかわらず、それがあるかのように申し欺き、その旨右被控訴人代理人松美ら三名を誤信せしめ、右代金四〇〇〇万円は同額の右融資金から支払を受けられるものとして、本件立倒木を佐竹に代金四〇〇〇万円で売り渡させ、もって同人に騙取させた。

(2) 右本件立倒木の代金四〇〇〇万円につき売主(共有者)間で取り決められた被控訴人に対する分配額は二九三三万円であり、そのうち二〇〇〇万円を目的物(番号1ないし8の各定期預金の原資)として昭和五七年五月一七日本件定期預金契約が締結され、同五八年三月四日同日までの利息九六万一六四〇円の支払とともに右契約の継続がなされ、同五九年三月七日番号5の定期預金、同年五月一五日番号4の定期預金の各元利金の支払がなされ、その余の九三三万円については中村支店に被控訴人名義でなされた普通預金五三三万円の支払等がなされ、その結果被控訴人は番号1ないし3、6ないし8の各定期預金の金額合計一五〇〇万円及びこれに対する同五八年三月五日以降の預金利息に相当する年五・八パーセントの割合による損害を被った。

(3) よって、被控訴人は控訴人に対し、本件立倒木騙取に基づく損害賠償として、一五〇〇万円及びこれに対する昭和五八年三月五日から支払ずみまで年五・八パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める。

(二)  請求原因に対する控訴人の認否

請求原因事実のうち、(2)の番号4及び5の各定期預金の元利金の支払がなされたこと、被控訴人名義で中村支店に五三三万円の普通預金がなされ、その支払がなされたことは認め、その余は争う。右番号4及び5の各定期預金の元利金の支払は誤ってなされたものである。

三  証拠関係《省略》

理由

一  主位的請求原因について判断する。

1  《証拠省略》によると、右請求原因(1)の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

2  《証拠省略》によると、右請求原因(2)の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

3  右請求原因(3)の事実中、番号4及び5の各定期預金の元利金の支払がなされたことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によると、本件定期預金継続の日を昭和五八年三月一四日とするほか、右請求原因(3)のその余の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

二  そこで、主位的請求についての控訴人の抗弁について判断する。

1  《証拠省略》によると、次の事実が認められる。

(一)  本件立倒木は被控訴人・稲田喜敏・稲田成計ら兄弟三名の共有であったが、昭和五七年初めころ木材業を営む佐竹との間で売買の話が持ち上がり、同年五月一〇日ころには代金四〇〇〇万円で折合がつき、同人は右代金の支払につき中村支店に融資を求める以外に方法がなかったので、同支店長和田にその旨の申入れをした。当時佐竹は中村支店に三〇〇〇万円の手形貸付枠を有していたが、既に二八六五万円の貸付を受けているほか手形決済金等和田を通じて便宜の扱いを受けた立替債務が累積していて、和田としては右佐竹の申入れをそのまま受け入れることは困難であった。そこで、和田は佐竹と協議して、同人名義で一六〇〇万円、同人以外の名義で二四〇〇万円の各手形貸付をなすこととし、また、中村支店には右貸付合計額四〇〇〇万円に見合う資金の準備がなかったので、被控訴人ら売主が支払を受ける代金を中村支店に預金させ、現実に金員が出ていくのを回避して辻褄を合せることにした。

(二)  そうしたうえで、佐竹は被控訴人ら売主に対し、本件立倒木の代金の支払は、自己が中村支店から融資を受ける四〇〇〇万円をもって充てることになるが、税金対策上右四〇〇〇万円のうち一六〇〇万円についてのみ自己の名義で融資を受けることにするから代金圧縮等につき協力を得たい旨及び被控訴人ら売主においては右代金を中村支店に預金してもらいたい旨各依頼してその同意を得、昭和五七年五月一七日同人らとの間の本件立倒木の売買契約書として、代金額を四〇〇〇万円とするもののほかに一六〇〇万円とするものの二種類を作成した。

(三)  右同日佐竹及び被控訴人代理人松美ら売主側の者三名が揃って中村支店に和田を訪れ、同人から右売主側三名に対し前項と同様の貸付方法の説明及び預金の依頼が改めてなされ、同人らはこれに同意し、売主(共有者)間で取り決められていた本件立倒木の代金の分配額に従い、佐竹名義で受ける一六〇〇万円の融資分につき稲田喜敏五三四万円、稲田成計・被控訴人各五三三万円をもって同人ら各名義の普通預金をし、佐竹以外の名義で受ける二四〇〇万円の融資分につき全額被控訴人のものとし、内金二〇〇〇万円をもって同人を預金者とする番号1ないし8の各定期預金をなすことを約した。

(四)  そこで、右同日佐竹は和田に対し、金額一六〇〇万円・振出人佐竹等の記載ある約束手形及び借入希望金額一六〇〇万円・借入申込人同人等の記載ある借入申込書各一通並びに後日和田の手元で畠中の記名押印等を補充することとして、金額二四〇〇万円等の記載ある振出人欄白地の約束手形(表面に佐竹による署名押印がなされた。)及び保証人佐竹等の記載ある借入希望金額欄・借入申込人欄各白地の借入申込書各一通を作成して交付した。

(五)  これに対し、右同日和田は右金額一六〇〇万円の約束手形及び借入申込書に基づき同額の手形貸付手続を執り、印紙代等を差し引いた金員が佐竹の普通預金口座に入金になり、更にそれより引き出された一六〇〇万円をもって稲田喜敏の普通預金口座に五三四万円、稲田成計・被控訴人の各普通預金口座に各五三三万円の入金がなされ、その後全額引き出された。

(六)  更に、翌一八日和田はかつて中村支店と取引があって預っていた畠中の印章を無断で使用し、前記4の金額二四〇〇万円の約束手形の振出人欄に同人の記名押印を補充し、これを出納で見做金扱いをさせたうえ、あたかも二〇〇〇万円の立替金が生じたような現金伝票操作を行い、それを原資として被控訴人のため金額二五〇万円・利率二年未満年五・八五パーセント等とする番号1ないし8の各定期預金証書を作成して被控訴人に交付した。

なお、その当時中村支店には右二〇〇〇万円の立替えに応じられるような資金的余裕はなく、また、和田が右金額二四〇〇万円の約束手形及び前記(四)の保証人佐竹の借入申込書(和田において借入希望金額欄に二四〇〇万円、借入申込人欄に畠中の印章を無断で使用して同人の記名押印を補充)により、畠中名義で貸付がなされたような手形貸付金元帳の記載等がなされたのは翌六月四日になってからであり、それまで右各定期預金の原資となるような貸付手続は一切執られなかった。

(七)  その後1ないし8の各定期預金は昭和五八年三月一四日、同日までの各利息が支払われたうえ、金額・利率等を同じくする継続手続が執られ、そのうち番号5の定期預金については同五九年三月七日に、番号4の定期預金については同年五月一五日に各元利金の支払がなされた(新規継続の点を除き当事者間に争いがない)。

(八)  佐竹は本件立倒木の売行不振等のため昭和五八年一二月ころその資産を上回る多額の債務を残して倒産した。前記(六)の金額二四〇〇万円の約束手形はその後和田により書換えがなされ、支払がなされていない。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

2  右認定事実によると、和田が昭和五七年五月一八日番号1ないし8の各定期預金証書を作成して被控訴人に交付した際、右各定期預金の原資(本件定期預金契約の目的物)は、約束手形を偽造し、これを本に単なる伝票操作によって立替金が生じたように見せ掛けたにすぎないものであって、現金の授受又はこれと同一の経済上の利益の移転が行われたとはいえず、全くその実体を欠くものである。また、和田・佐竹らが被控訴人代理人松美に対し、右各定期預金の原資となるものである旨告げていた二四〇〇万円の貸付についても、畠中名義で佐竹に対する貸付がなされたような手形貸付元帳の記載等がなされたのは、右各定期預金証書の作成・交付の日より半月余も経過した同年六月四日になってのことであるから、仮にそのとおり貸付が行われたとしても、これをもって本件定期預金契約(消費寄託契約)の要物性の要件を充足するに由ないものというべきである。

しかし、和田は佐竹とともに、右各定期預金証書の作成・交付に先立ち、あらかじめ協議していたところに従って、各定期預金の原資二〇〇〇万円に充てるべき二四〇〇万円の貸付が中村支店から佐竹に対してなされたことを被控訴人代理人松美に告げ、その旨同人を誤信せしめていたものであるから、右各定期預金証書の作成・交付をなすに際し、佐竹と通謀のうえ、右二四〇〇万円の貸付がなされたように仮装したものと認めるのが相当である。

3  したがって、控訴人の右抗弁は理由がある。

三  そこで更に、主位的請求についての被控訴人の再抗弁について判断する。

1  《証拠省略》によると、次の事実が認められる。

前記二の1の(六)で認定したような番号1ないし8の各定期預金の原資に関する裏操作は和田と佐竹の協議により進められたもので、被控訴人及び同代理人松美は本件立倒木の代金が佐竹の中村支店から受ける融資によって支払われるが、その融資は税金対策上一六〇〇万円と二四〇〇万円の二口に分けてなされ、そのうち前者の分が被控訴人ら売主三名の各名義の普通預金の、後者の分は全部被控訴人のものとなり、内金二〇〇〇万円が被控訴人を預金者とする番号1ないし8の各定期預金の原資となる程度のことしか知らされず、かつ、そのとおり信じていた。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

2  右認定事実によると、被控訴人及び同代理人松美は右抗弁事実中の通謀虚偽表示について何ら知るところがなかったことが明らかであるから、右二四〇〇万円の貸付が控訴人主張のとおり通謀虚偽表示によるもので無効であるとしても、これをもって被控訴人に対抗できないものというべきである。

3  したがって、被控訴人の再抗弁は理由がある。

四  以上のとおりであって、被控訴人の主位的請求原因事実中、先に認定した事実によると、控訴人は被控訴人に対し番号1ないし3、6ないし8の各定期預金の金額合計一五〇〇万円及びこれに対する付利起算日である昭和五八年三月一五日から約定利率年五・八五パーセントの割合による利息を支払う義務があるというべきであるから、被控訴人の主位的請求中、一五〇〇万円及びこれに対する昭和五八年三月一五日から支払ずみまで約定利率のうち年五・八パーセントの割合による利息の支払を求める限度で正当としてこれを認容すべきであり、その余は失当として棄却を免れない。

五  よって、右と結論において同旨の原判決は相当で、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高田政彦 裁判官 上野利隆 鴨井孝之)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例